想像される、三条夫人ら、武田館での女性達の日常生活についてです。
武田館に設えられた能舞台での能鑑賞や、猿楽、狂言、京舞、曲舞、幸若舞の鑑賞、また四季折々の観桜の宴や紅葉の宴、また公祭の御幸祭り、笛吹き川筋の打はやし、天津司の祭りなどが行なわれていたのではないかと考えられます。
また上野晴朗先生は、甲府の御岳金桜神社に、大井夫人の遺愛品である化粧箱が残されている事から、大井夫人や三条夫人らの、都の御岳参りにならった、銘々の月参りのようなものがあったのではないか?と想像もしておられます。
特に三条夫人が義信の赤皮具足を奉納している美和神社は、三輪山の三輪大社の末社に当たり、三条夫人も奈良の三輪山信仰のようなものをしていたのではないかと考察しておられます。
参考書籍
「武田信玄 下巻 母と子 上野晴朗 潮出版社 第六章 夫人たちが心待ちにしていたこと」